正しさは、誰かが決めるものじゃない。あなたが選んだ、それが答え。

「あいつ車返さねーけど、警察に言うのだるっ」──それ、責任ないってマジ?【第3回】(問いの空白)

あなたの“選択の日”のために

前ページでは、制度の構造とその変遷を問いながら整理しました。

今回は、その問いを実際の判例に当てはめて、制度の抽象化が何を見落としたのかを読み解いていきます。

事実認定の構造

  • 貸与の経緯:YはAに「2時間で返す」との約束で車を貸したが、Aは約束を破り1か月以上使用。
  • Yの対応:返還要求はしたが、警察への届出など積極的措置は取らず。
  • 事故の発生:Aが飲酒運転で死亡事故を起こす。
  • 争点:Yが「運行供用者」に該当するか。

判旨の論理展開(最高裁)

  • 欺罔による貸与:Aは返す意思なくYを騙して借りた。
  • Yの支配喪失:Yは運行を指示・制御できる立場になかった。
  • 運行利益の不帰属:事故時点でYに運行利益はなかった。
  • 結論:Yは自賠法3条の「運行供用者」に該当しない。

問いの焦点:「なぜ警察に届けなかったのか?」

控訴審・最高裁ともに「Yは直接取り戻す方法がなく、任意の返還に期待するしかなかった」と述べていますが、その前提として警察への届出という選択肢がなぜ検討・実行されなかったのかは、判旨にも原審にも明示されていません。

この沈黙は、以下のような問いを誘発します:

  • Yの黙認性の評価において、警察届出の不在はどのように扱われるべきか?
  • 「取り戻す方法がない」という認定は、警察届出の可能性を排除した上で成立しているのか?
  • 原審がYの責任を認めた根拠に「被害届を出すと言えば返還された可能性がある」とあるのに、控訴審・最高裁がそれをスルーしたのはなぜか?

原審と控訴審の論理のズレ

観点原審(地裁)控訴審・最高裁
Yの対応「被害届を出すと言えば返還された可能性あり」→責任肯定「直接取り戻す方法がない」→責任否定
警察届出の扱い積極的に言及(しなかったことが問題)言及なし(スルー)
黙認性の評価使用継続を黙認したと評価任意返還に期待しただけと評価

→ 控訴審・最高裁は、Yの消極性を「黙認」とは評価せず、「制御不能状態」として処理しているが、その過程で警察届出という制御手段の不行使を論理から外している

警察届出の「不在」が意味するもの

事故が起きた“後”ではなく、“前”に―――

Yには、事故を未然に防ぐための警察届出という選択肢が、明確に存在していたはずです。
しかも、Aが「盗んだ車で事故を起こして少年院に送致された過去がある」ことをYは知っていた。
それでも警察に届けなかった。

この「届けなかった理由」が判決文に現れないのは、まさに構造的な問いの空白です。

不良だから警察に届けたくなかったのではないか?

法的な責任論ではなく、社会的・心理的な構造の読みとしてこんな問いが立ち上がる。

  • YとAの関係性:元不良仲間、暴走族、上下関係
  • 警察との距離感:制度への不信、通報=裏切りという文化、親分としての権力の失墜
  • 「返せ」と言いながら通報しないという矛盾の黙認

つまり、Yは「返してほしい」と言いながら、本気で取り戻す行動(警察届出)を取らなかった
これは、制御可能性を放棄した責任が問われて然るべきです。

しかし、控訴審はその警察届出の「不在」をスルーして、欺罔(だましとられた)・制御不能(Aの行動を抑えられない)というフレームにすり替えました。

なぜ、裁判所はこの「不在」を見て見ぬふりをしたのか?

制度の予測可能性を守るために、問の誠実さが切り捨てられたのではないか?

次回は、その構造を解き明かす仮説を展開していきます。

保険の話ばかりじゃ疲れますよね。かつて猫と暮らし、2.7万人と語り合った日々もありました。よかったら、そちらものぞいてみてください。

律空
この記事を書いた人
保険業界での経験を活かしながら、現在は別業界の会社員として働いています。 守秘義務を大切にしつつ、あなたにとって本当に役立つ情報を、ゆっくりと丁寧に届けていきます。

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