論理の変遷と社会的背景の呼応【第3回】(論理の変遷)
論理の変遷と社会的背景の呼応【第2回】(ドライブクラブとの比較)
血中アルコール濃度0.98mg/ml──この数値が“かなり酩酊”とされたとき、判例は制度の語り部となった。
本稿では、昭和57年最高裁判決を素材に、“重大な過失”という言葉がいかに構造的に作られ、保険制度の免責条項を正当化するために使われたのかを読み解く。
今回は、飲酒運転以外でも、あなたの「軽いミス」を「重大な過失」と断定するための判例の雛形ともいえる。
判例は語る。だが、語られなかったもの──たとえばクレーン車の駐車状況──こそが、制度の沈黙を物語っている。
まずは、<事実の概要>と<判旨>を記載するが、その下に、論点のまとめの表を記載しておくので、面倒な場合は読み飛ばしていただいて構わない。
一見すると「飲酒運転で事故を起こした人が亡くなった、当然共済金は支払われないよね」という、まったく当たり前の結論に見えるだろう。
でも……ここには、ちょっとしたトリックが仕掛けられている。
さあ、あなたはこのトリックに気づけるだろうか?
訴外Aは自己を被共済者とする養老生命共済契約をY農業協同組合との間に締結していた。
この養老生命共済契約には、災害死亡の場合には付加給付をする災害給付特約および災害死亡割増特約が締結されてあった。
昭和53年4月3日午後11時頃、道路右側に駐車中の訴外B所有の普通貨物車(クレーン車)の左側後部クレーン用側方アーム角部にA運転の普通乗用車の運転席部分が衝突し、Aは右衝突により頭部および顔面を激打し、脳挫傷により死亡したことから、養老生命共済金の支払請求がなされたものである。
ところで、災害給付特約および災害死亡割増特約では、「被共済者の故意または重大な過失により生じた災害」については、これら特約共済金を支払わないものとしているが、事故後の検知結果によるとAは血液1ミリリットル中0.98ミリグラムのアルコールを保有していた事実および事故現場の状況から著しいスピードを出していたことが判明し、Y農業協同組合(被告・被控訴人・被上告人)は、本件事故はこの「重大な過失」による災害であるとして、これら特約共済金についての支払を拒否した。
そこで、これら特約の共済金受取人とされるAの妻から共済金請求権を譲渡されたX(原告・控訴人・上告人)がこれを不服として提訴に及んだものである。
この訴訟の争点は、本件事故の発生が、これら特約の免責事由である「被共済者の重大な過失」による災害に該当するか否かであったが、争点についての原審の認定判断は、1審(名古屋地豊橋支判昭和55・8・4前掲民集1200頁)、2審(名古屋高判昭和56・8・20前掲民集1213頁)ともにXの請求を棄却した。Xはこの判決については、判決に及ぼす理由不備、証拠法則の適用の違背および法令適用上の誤りが各所にあり、原判決を取り消され、重大な過失抗弁が立証不十分だとしてXの請求認容の判決をされたいと主張し、原判決の破棄を求めた。
上告棄却。
「本件共済契約における災害給付金及び死亡割増特約金給付の免責事由である『重大な過失』とは、損害保険給付についての免責事由を定める商法641条及び829条にいう『重大な過失』と同趣旨のものと解すべきところ、これを本件についてみると、原審の適法に確定した事実によれば、亡Aは、本件事故当夜酒を5,6合飲酒してかなり酩酊のうえ普通乗用車の運転を開始し、事故発生時においてさえ血液1ミリリットル中0.98ミリグラムのアルコールを保有しており、同人が右アルコールの影響のもとに道路状況を無視し、かつ、制限速度40キロメートルの屈曲した路上を前方注視義務を怠ったまま漫然時速70キロメートル以上の高速度で運転をして、折から路上右寄りに駐車中の本件レッカー車に衝突した、というのであり、右事情のもとにおいては、亡Aは極めて悪質重大な法令違背及び無謀操縦の行為によって自ら事故を招致したものというべきであるから、右は本件共済契約における免責事由である『重大な過失』に該当するものと解するのが相当である。これと結論において同趣旨にでた原判決は結局正当であり、論旨は、採用することができない。」
| 区分 | 論点 | 内容 | 構造的補足 |
| 事実の 概要 | 契約 関係 | AはY農協と養老生命共済契約を締結。災害給付特約・死亡割増特約付き。 | 傷害保険的性格を持つ生命共済。 |
| 事実の 概要 | 事故 状況 | Aが酒気帯び・スピード超過でクレーン車に衝突し死亡。 | 血中アルコール濃度0.98mg/ml。 |
| 事実の 概要 | 免責 条項 | 「故意または重大な過失による災害」は給付対象外。 | 保険者の免責根拠。 |
| 事実の 概要 | 保険者の 主張 | 「重大な過失」に該当するとして給付拒否。 | 保険会社のロス回避構造。 |
| 判旨 | 法的 枠組み | 商法641条・829条の「重大な過失」と同趣旨と解釈。 | 傷害保険への類推適用。 |
| 判旨 | 酩酊 認定 | 「5~6合の飲酒」「血中0.98mg/ml」「かなり酩酊」 | 医学的基準との乖離あり。 言語操作の可能性。 |
| 判旨 | 運転 態様 | 「漫然運転」「前方中止義務違反」「時速70km以上」 | 社会的非難の強調。 |
| 判旨 | 結論 | 「きわめて悪質重大な法令違反」「無謀操縦」→重大な過失に該当 | 保険制度の信義維持。制度的方向性の補強。 |
次頁以降で、詳細に解説する。