論理の変遷と社会的背景の呼応【第3回】(論理の変遷)
論理の変遷と社会的背景の呼応【第2回】(ドライブクラブとの比較)
今回は、東京高裁昭和55年7月24日判決――刑事と民事が食い違う“語られない構造”を問い直す。一般には、刑事事件と民事事件の判決が相反するめずらしい判例のように語られ、そこにはどういった法理論が隠れているのかがメインで解説されている。この法理論も多岐にわたる。だが、読み進めると、違和感が残る。なぜ刑事で無罪なのか。なぜ民事では五分五分というまるで「和解」のような結果に落ち着いたのか。――その違和感は、“制度の骨”が語られていないことへの問いかもしれない。
前回のように、まずは、<事実の概要>と<判旨>を掲載する(ジュリストから転載)。じっくり読み込む時間がないあなたは飛ばして、その下の図解へ。だが、語られないものは、図にも表れない。問いは、行間にある。
(一)本件は、同一の事故でありながら、刑事事件と民事事件の判決の結果が相反した一事例であり、何故そのように差異が生じたのか、一般の人には奇異に感じられるであろう。そこで、その原因を詳細に探求してみるのが、本稿の目的で、事案を解明するため、まず、X(原告・被控訴人)・Y(被告・控訴人)の主張を紹介しよう。
Xは、「Yは、運転免許を有しない運転未熟者であるのにダンプカー(甲車という)を運転し、本件事故地点の手前のカーブを、路面が濡れているため運転操作を誤ればスリップする可能性が十分あるにもかかわらず、猛烈な速度で進行した。そして、X運転の大型貨物自動車(乙車という)が前方百数十メートルの所を、左側に停車中の耕運機を避けて道路中央部分に進行してきたのを発見したが、運転未熟のため操作を誤り、車両を横向きにスリップさせて、対向車線の方に進入させて進行し、その結果Xの乙車の正面に衝突させてしまった過失がある」、旨主張する。
(二)これに対するYの主張は、
「本件事故現場に向けて時速約50キロメートルの速度で進行していたが、道路は衝突地点の約35メートル手前から左にカーブしていた。Xの乙車が約37メートル手前に停車していた耕運機を避けてYの進行車線に時速約70キロメートルの速度で進行し、前方の左カーブに突然現れたのを発見し、急制動の措置をとったが滑走のため止むを得ず乙車に衝突したものである。従ってYは自己の進行車線に進行してきた乙車を避けようとしたものであるから、過失はない。また、Xは前記左カーブのため見通しが悪いのに、時速約70キロメートルの高速で、しかも道路端に停車している耕運機を避けるために乙車の車両全部をセンターラインを越えてYの進行車線に進入させたものであるから、過失があり、予備的に過失相殺の主張をする」、というものであった。
(三)原審は双方主張と提出証拠に基づいて審理し、X・Y双方に過失があったと認定し、その割合は各五割ずつであったと判断して、被告の賠償責任を認める一方、過失相殺を適用し、被告に約2000万円余の支払を命じたところ、Yが控訴したのが本件である。その途中でYは別途浦和地裁に業務上過失傷害及び道路交通法違反で起訴された。しかし、業過の点については無罪が言い渡され、右判決は確定していた。控訴審も過失割合については原審同様各5割であると認定し、また刑事判決で無罪が確定しているのに、民事では有責として賠償を命じたが、これは刑罰を科する刑事事件と損害の公平な分担を図る民事事件の差異を端的に表示しているもので、本稿もこの点をより深く究明する。
「〔Yが〕危険を感じ狼狽して急制動の措置をとったためにスリップして横向きになったまま反対車線の方に向って滑走し、自車線に戻ろうとしていたXの乙車の進路を塞いでその復帰を妨げ、同車両にYの甲車後部左側を衝突させたものであり、従って本件事故はYが運転の操作を誤った過失に起因するものと認定するのが相当である。Yが本件事故に関し、刑事事件においては業務上過失傷害の点につき無罪の判決を受け、これが確定していることは当事者間に争いがないけれども、証拠関係を異にし、且つ有罪判決には合理的な疑の余地を残さない厳密な証明が要求される刑事事件において無罪の判決が確定したからといって、民事事件においてYに過失ありとする判断が妨げられるものでないことは言うまでもない。」
| 項目 | 内容 |
| 事故の状況 | カーブ手前でYのダンプカー(甲車)がスリップし、Xの大型貨物車(乙車)と正面衝突 |
| Xの主張 | Yは無免許・運転未熟で、濡れた路面を猛スピードで進行し、操作を誤ってスリップ・衝突した |
| Yの主張 | Xが耕運機を避けてセンターラインを越えて進入してきたため、急制動したが滑走し衝突。過失はない、または過失相殺すべき |
| 原審判断 | 双方に過失あり(50:50)、Yに約2000万円の賠償命令。Yが控訴 |
| 刑事事件 | Yは業務上過失傷害で起訴されるも、無罪判決が確定 |
| 控訴審判断 | 原審と同様に過失割合は50:50。刑事無罪でも民事では有責と判断 |
| 項目 | 内容 |
| 過失認定 | Yが急制動でスリップし、反対車線のほうに滑走し、Xの進路を塞ぎ、衝突した |
| 刑事との関係 | 刑事で無罪が確定していても、民事では証拠関係・証明度が異なるため、過失認定は妨げられない |
| 民事の判断基準 | 民事では損害の公平な分担が目的であり、刑事とは目的も証明度も異なる制度である |
次回は、法理論の煙幕を破り、五分五分という数字に込められた「制度の意志」を読み解きます。