論理の変遷と社会的背景の呼応【第3回】(論理の変遷)
論理の変遷と社会的背景の呼応【第2回】(ドライブクラブとの比較)
この判例には、制度の語り方をゆるがす「言葉の選択」が潜んでいる。
それは、事故の相手車両の呼称 ― 「クレーン車」と「レッカー車」の混在である。
一見すると些細な違いに見えるかもしれない。
しかしこの呼称の選択は、事故の印象、責任の構造、そして制度の語りの純度に深く関わっている。
なぜ判例は「クレーン車」と記しながら、判旨では「レッカー車」と語ったのか?
その語りの揺れにこそ、制度の沈黙と操作の技法が潜んでいる。
この車両、実際には「クレーン機能を備えたレッカー車」である可能性が高い。つまり、車両の性質が両方の呼称にまたがっていたため、記述が揺れたと考えられる。もちろん、間違えて使ってしまったというわけでもない。これは意図的に使用されているのだ。
以下、説明していく。
・ 「訴外B所有の普通貨物車(クレーン車)」と記載。
→ 車両の分類としては「普通貨物車」であり、クレーン機能を備えていた。
・ 「路上右寄りに駐車中の本件レッカー車に衝突した」と記載。
→ 判決文では、事故時の機能や状況に応じて「レッカー車」と表現。
・ **クレーン機能を持つレッカー車(クレーン付きレッカー車)**である可能性が高い。
・ レッカー車は故障車の牽引・移動を目的とするが、クレーン機能があれば積載・吊り上げも可能。
→ 「普通貨物車」+「クレーン機能」=レッカー車としても機能する車両。
・ 道路との親和性が高い(故障車の救援・業務車両)。
→ “駐車していて当然”という印象が生まれる。
→ 被共済者が「業務車両に突っ込んだ」という構図が完成。
→ 無謀さ・酩酊の強調に貢献。
・ 工事・建設現場の印象。道路との親和性が低い。
→ 「なぜそんな車両がそこに?」という疑問が生まれる。
→ 駐車状況への疑念が生まれ、事故原因が分散する可能性。
→ 被共済者の過失が相対化される。
判例は「クレーン車」と「レッカー車」を使い分けているが、判旨では「レッカー車」に統一。
これは偶然ではなく、以下のような制度的意図が読み取れる:
・ 語りの純度維持:「業務車両に突っ込んだ酩酊運転者」という物語を壊さないため。
・ 責任の一元化:事故原因を「被共済者の重大な過失」に収束させるため。
・ 制度防衛:共済者の免責条項を正当化するための語りの選択。
判例は、事実を語っているようでいて、制度を守るために語り方を選んでいる。
「クレーン車」か「レッカー車」か ― その呼称の揺れにこそ、制度の沈黙と語りの技法が宿っている。
語りの支柱はそれだけではない。
この判例の結論を支えるもうひとつの柱──それが「かなり酩酊」という評価である。
血中アルコール濃度0.98mg/mlという数値が、なぜ“かなり酩酊”と断定されたのか。
その言語的選択がなければ、重大な過失の物語は成立しなかったかもしれない。
次の記事では、この「酩酊」というラベルの構造に焦点を当て、制度的語りの必要性と操作の技法をさらに深く掘り下げていく。