


裁判所での事実認定 - 法が語る「何が起きたか」
「静止していたはずの車が、動いていたとされる」
都市の片隅。幅員4.5メートルの直線舗装道路。
歩道は3.5メートル。白い破線が、縁石沿いに1.2メートル間隔で描かれている。
そこは、交通頻繁な市街地。速度制限は30km/h。駐車は禁止されている。
彼の車は、信号待ちのために止まっていた。
前にも後ろにも、5〜6台の車が並んでいた。
彼女は、後部左側座席に座っていた。
彼は、左側のフェンダーミラーを一瞥した。
「後方から接近する車両はない」と判断した。
そして、彼女に「降りていい」と告げた。
彼女は、ドアに手をかけた。
その瞬間、後方から原動機付自転車が走ってきた。
速度は30km/h。外側破線上を走行。
ドアの先端に衝突。運転者は傷害を負った。
■ 裁判所が見た「義務」と「予見可能性」
第一審(枚方簡裁)はこう認定した:
– 運転者には、同乗者がドアを開けることで後方車両と衝突しないよう、未然に防止する義務がある。
– 被告人は、その義務を適切に履行しなかった。
– 同乗者に「ばんと開けるな」と注意したとしても、運転者自身が安全確認をすべきだった。
– 原付側が50cmの間隔で走行していたとしても、そのような車両の存在は予見可能であり、信頼の原則による免責は認められない。
第二審(大阪高裁)も、同様の判断を支持した。
そして、最高裁はこう述べた:
「運転者は、フェンダーミラー等を通じて左後方の安全を確認した上で、開扉を指示するなど適切な措置を採るべき注意義務を負う。
同乗者にその履行を代行させることは許されない。」
つまり、運転者が「確認してから開けて」と言ったとしても、その義務は運転者自身にあるとされた。
法が語る「静止していた車は、動いていた」
この判例が示すのは、こういうことです:
– 信号待ちで止まっていても、車は「走行中」と同様の責任を負う。
– 降車のタイミングは、運転者の判断であり、その判断に伴う危険は運転者が背負うべき。
– 同乗者が成人であっても、運転者の指示で降りたなら、運転者の責任が優先される。
でも――
彼女は、ただ「降りていいよ」と言われて、降りようとしただけだった。
その瞬間、彼女は「重過失」と呼ばれた。